日本棋院東京本院「院生」志願書
とうとうこの時がやってきました。
長男が院生に入るべく、日本棋院のHPから「院生志願書」を印刷して記入しました。
東京本院で4月期からの志願書です。
院生になるには、願書を出したあとに試験があります。
そう、ヒカルの碁を見ていた方ならお分かりのはず。
書類審査とともに「棋譜審査」です。
そうです、お父ちゃんもやりました。
私のときはGO-NETという当時は珍しかったネット碁で、芮廼偉プロや当時のインストラクターとの対局を3局くらい提出した記憶があります。
ヒカルの碁では、進藤ヒカルの棋譜3枚は、3面打ちをした棋譜を提出していましたよね。
長男の場合はくらしき子ども棋聖戦での決勝とか、一力遼棋聖との記念対局でも提出しておけばいいか〜などと考えていたら…。
募集要項にないんですよ。
棋譜審査が。
試験碁のことしか書いてないんですよ。
びっくり。
たしかに、院生に入りたいという子どもたちは腕自慢ばかりです。
合格して当然の子どもがほとんどでしょう。
ヒカルの碁ではヒカル以外の二人が院生試験に落ちていましたが、実は院生試験に落ちた人を私は見たことがありません。
(実際には噂で一人だけいると聞いたことがありますが)
それはお父ちゃんが院生に入った30年前に聞いた話なので、それよりも前の話ということになります。
どうせ院生師範と試験碁を打つなら、それでいっかということになりますね。
4月だと長男も小学六年生。
実はお父ちゃんも小学六年生から東京本院の院生に入っているので、全く同じ時期にスタートということになります。
まぁ、親子揃ってというところですね。
肝心の棋力はと言うと…。
当時のお父ちゃんが、今の長男と良い勝負をするには「三子」置かないといけないでしょうね。
(才能が負けているとは思えないけどね!異論は認めますけど)
当時のお父ちゃんは、自慢ではないけど60人いた院生たちの中で最弱クラスでした。
1年くらいはDクラスでほのぼのと佇んでいた記憶があります。
しかし、最近では状況も一変して、当時のお父ちゃんのようなことをしていたら、一瞬で院生をクビになるでしょう。
棋士採用の人数も減りますし、厳しい時代になりました。
とはいえ厳しい時代だからこそ、院生に入る前から厳しい環境に身を置いてます。
スタートの時期は同じだけど、環境が全然違います。
こんな厳しい時代とはなりますが、長男には何とか頑張ってもらいたいものです。
どうなっても良い人生経験となるのは間違いありません。
院生推薦人欄
院生志願書には推薦人が必要です。
推薦人欄には、長男が通っている洪道場の洪清泉先生に書いてもらいました。
そういえば、お父ちゃんも推薦人は長崎県在住の高原周二九段になってもらいました。(詳しくは週刊永代囲碁塾をどうぞ!)
洪先生と同じ関西棋院ですね。
同じ関西棋院ということを、書きながら気付きました(笑)
当時はまだ日本棋院と関西棋院のわだかまりは大きく、推薦人の欄に高原九段の名前は表記させてもらえませんでした。
60人いる院生名簿の中で、一人だけ空欄だったお父ちゃんです。
お父ちゃんもなかなか伝説を残している人ですね(笑)
囲碁界的には院生に入ると正式に門下入りという表現を使ったりします。
院生に入る前は教室生などと表現されることも多いですね。(その限りではないですが)
正式に門下への了承を得たので、長男も身が引き締まる思いでしょう。
たった一日だけのことなのに、少し顔つきが変わったような気がします。
これからは洪先生の顔に泥を塗ることがないように、精一杯に頑張ってもらいたいものです。
よく棋士になってからがスタートラインと言います。
そう考えると院生に入るというのは、スタートラインを目指すスタートライン…(笑)
まだまだ先が長い道のりですが、一歩ずつ確実に前に進んでいってもらいたいものです。
もちろんゆっくり歩くということではなくて、走り抜けてもらいますけどね!
頑張れ!
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