芝野十段が勝って1勝1敗に【第50期棋聖戦挑戦手合七番勝負 第2局】

封じ手予想ですが、黒1で見事に大当たり!
まぁ、今回は二択くらいしかないので、けっこう当たるかなとは思っていました。
良かった、良かった。
黒・一力 遼 棋聖
白・芝野 虎丸 十段

いやー、すごいことになりましたね。
黒は中央の黒13子を取られたものの、猛烈に追い上げて半目勝負となりました…。
結局は白の半目勝ち。
芝野十段はぎりぎり逃げ切って、薄氷の勝利でしたね。
それでは終局図を見てみましょう。
棋譜のうえではここで終わりです。
でも、なんだか不思議ですよね。
まだ打つところが残っているように見えます。

実際に終局して整地するときには、白1で黒13子を取り上げることが必要です。
ほっておくと下辺白との攻め合いで、黒からホウリ込みが炸裂して一番下の白七子が取られてしまいます。
それは大逆転!(笑)
黒2については、すぐにアタリになるので必要ですね。
そして、白3がややこしいところです。
実戦はどちらからも打たずに終局してますよね。
これを説明します。

黒から2へ打つと、一見して黒地が1目増えたように思いますよね。
しかし、あとから全てのダメがつまると、黒は両アタリが待っているのです。
結局は黒が手入れをするので、トータルでは同じということです。
ここはお互いに打っても打たなくても同じ、ということで放置していた理由になります。

さて、ではなぜこれで棋譜を終わりにするようになったかと言いますと…。
個人的な見解ですが、昔の日本では囲碁は勝負というよりも文化の意味合いのほうが強かったからだと思っています。
両対局者が実力を見せ合って、お互いに美しい碁を打とうという精神ですね。
なので、せっかく綺麗に打った一局なのに、整地のために手入れやダメづめをして棋譜がゴチャゴチャになるのは許せないのでしょう。
これはもう完璧なる美学です。
実際は級位者にこの終局図を見せても「これで終わってるの?」という反応が返ってきそうです。
いや、有段者でも怪しいか…。
さらに問題なのが、ここで棋譜をつけるのを辞めたけど、ダメづめのときに思わぬアクシデントがあったりもします。
手が残っていることに気づかず、手入れをせずに終局しようとしたら手を付けられて逆転…。
まあ、碁会所ではよくある光景です。
こういうときは文化的な要素が強いところでは、終局前に手を付けるのはなし!ということで手が残っていても相手に教えてあげて、手入れを促すことになります。
「黙って相手の地中に手を付けにいかない」という文化ですね。
しかし、さすがにプロの世界ではこんなことは起こりません。
だからこそ、ここで棋譜が終わるのです…。
……。
いや、プロの世界でもありました…(笑)
この話をすると長くなるので割愛しますが、こういうふうにあちらを立てればこちらが立たず…というような状況が生まれています。
何を優先するかは時代によりけりかもしれませんが、このような文化的な美学があるということはお伝えしておこうかと思います。
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