前回のブログでは、吉川一プロのXへの投稿をきっかけに、私が井山研究会へ参加したときの思い出を紹介しました。
しかし、そもそも、なぜ私が井山研究会へ行くことになったのか。
研究会へ連れていってくれたのは、井澤秋乃五段です。
井澤五段とのご縁は、私が院生時代に暮らしていた「幕張囲碁研修センター」までさかのぼります。
幕張囲碁研修センターは、当時の院生寮です。
ここでは、院生研修手合やプロ試験(採用試験)も行われていました。
私がそこで生活していたころ、女流棋士採用試験が行われました。
東京本院、関西総本部、中部総本部による合同予選が幕張囲碁研修センターで行われ、各地から院生が集まってきたのです。
その中の一人が、現在の井澤秋乃五段でした。
井澤五段は試験期間中の約1か月、院生寮に滞在していました。
ほかにも、中部総本部から現在の金賢貞四段、関西総本部から現在の種村小百合三段が来ていました。
3人とも、当時はまだ院生です。
当時の私は、3人にとって年下の後輩でした。
井澤秋乃五段、金賢貞四段、種村小百合三段。
現在は全員プロ棋士ですが、そのころは所属こそ違っても、同じ院生という立場でした。
年下だった私は、お姉さん方によく可愛がってもらった記憶があります(笑)
院生寮では囲碁の勉強だけでなく、全国各地、そして海外から集まった院生たちと生活をともにします。
院生時代の出会いが、その後の囲碁人生のさまざまな場面につながっていきます。
それから10年ほどの時が流れ、私は阿含杯プロアマオープンに出場するため大阪へ行きました。
大会では九段の棋士に勝利。
そして対局後の打ち上げでは、井澤秋乃五段、種村小百合三段、現在の尹春浩四段、そして私の4人で飲みに行きました。
そのあとにボウリングへ行ったような気もするのですが、少し記憶が曖昧です。
ただ、井澤五段に「たこ焼きを食べたい!」とリクエストして、たこ焼きを食べたような記憶は残っています……(笑)
細かい順番はあまり覚えていませんが、とにかく楽しい打ち上げだったことは間違いありません。
その打ち上げのとき、井澤五段から声をかけてもらいました。
「明日、(井山)研究会があるんやけど、行ってみる?」
まさか、自分が井山研究会へ参加できるとは思っていません。
記憶は少し曖昧ですが、当時は仲間と「starnine」という囲碁関連の会社を立ち上げる準備をしていました。
綱島で子ども囲碁道場から囲碁サロンへと展開して、アクリル碁盤セットの販売などをしていた会社です。
当時はアクリル碁盤と碁石の製作について、現地の工場へ相談に行く予定があったような気がします。
結局、その工場にはお願いしなかったのですが……。
たしか、その用事もあって大阪にもう一泊したような……。
少し記憶は曖昧ですが、時間には余裕がありました。
こうして井澤五段にお誘いいただき、井山研究会へ参加することになったのです。
井山研究会では、恐れ多くも阿含杯で打った二局を井山裕太プロに見ていただきました。
そのときの、明らかに住む世界が違うと感じた体験は、Xの投稿にてご確認ください。
私も似たような経験が…。
— 永代和盛(永代囲碁塾) (@nagayojyuku) September 23, 2026
阿含杯プロアマオープンに大阪で出場したとき、対局の翌日でしたが、井沢秋乃プロに井山研究会へ連れていっていただきました。そして、恐れ多くも井山さんの目の前で阿含杯の碁を二局も見ていただきました。… https://t.co/EGthNpouFE
もし幕張囲碁研修センターで井澤五段たちと一緒に過ごしていなければ、阿含杯の打ち上げに参加することも、井山研究会へ連れていってもらうこともなかったことでしょう。
院生時代には、お姉さん方に可愛がってもらった縁で、阿含杯のあとには4人で楽しく飲ませてもらい、さらに井山研究会へ誘っていただいて。
私は昔から、本当にいろいろな方に可愛がっていただいております。
皆様、ありがとうございます!!